慈悲と慈愛の瞑想

  前述しましたように(クリック>> 「瞑想の種類」 )、万人に有効となる瞑想法があるということではありませんので、あなたにビッタリの瞑想法を探すことから始めてみましょう。

【慈悲と慈愛の瞑想】

 正直、なんとも怪しげなネーミングと思われたかもしれませんが、「」(メッタ)とは仏教の概念で「生きとし生けるもの向けられたいつくしみ(慈しみ)の心」を意味します。仏教の伝統である慈悲慈愛という「利他的」な姿勢を涵養する瞑想です。「メッタ・メディテーション」と呼ばれることもあるこの瞑想では、他者にむけられた「慈悲、慈愛」という精神を扱います。

 伝統的な瞑想法の中で、この瞑想のカテゴリーに属するものはたくさんありますが、一般的な共通のスタイルとして、以下の形式を実践します。

① 特定の人物や課題、日本・世界の地域について、焦点的に注意を向ける
②慈しみや思いやり、平和、感謝、寛容の感覚、感情を意図的に生む
③これらの感覚、感情を瞑想の対象となるとなる人物に送り届ける
④対象を変えて、以上のプロセスを繰り返す

  「慈悲、慈愛」 は、単なる「共感」とは異なります。「共感」は他者の苦しみに呑み込まれ押し潰されてしまったり、ときにネガティブな感情や「共感疲労」を惹き起こすこともあります。医療や介護に従事する方がときに陥ってしまう「バーンアウト」もなどもこれに関わるものとされます。一方、「慈悲、慈愛」はポジティブな感情につながり、柔軟性をもった心の強さ、勇気としなやかさを養うと考えられています。

 慈悲と慈愛の瞑想による恩恵は自分自身に戻ってくると考えられています。自己への囚われを捨てて他人を受け入れることは、自分を受け入れることにも通じます。この瞑想は、世知辛い世の中で疲弊しきった私たちの精神に、安定とやすらぎをもたらしてくれます。

  Jeff Tarrant 博士の意見を参考にしますと、以下の項目が良く当てはまる方々に有効と考えられます1)。 (クリック>> 「 NeuroMeditation Institute 」 ホームページ)

☑ 様々なことに感謝の念を抱くことが少ない

☑ 他人に寛大にはなかなかなれない

☑ 自分以外の人に不幸なことが起こったとき、悲しく感じることは少ない

☑ 胸が締め付けられるような心苦しい感情を抱くことは滅多にない

☑  進んで他の人を助けることは滅多にしない

☑ 否定的な気分に支配されることが多い

☑ 他人の良いところ見つけることが苦手だ

☑ 自分のことを第一に考えてしまう

 この瞑想法では、ストレスの原因となっている人などをイメージし、心の中で「あなたがいつも安全でありますように、あなたが幸せで心安らかでありますように、あなたが健康でありますように」などのフレーズを唱えます。

 瞑想中に注意を向ける対象は、「生きとし生けるものに向けて、無条件に進んで手を差し出すような気持ち」です。上記で説明いたしましたように、注意制御の側面がありますので、研究者によってはこの瞑想法も「フォーカス・アテンション瞑想」 (クリック >>) のカテゴリーに含めることがあります。この瞑想中の脳活動を観察した研究でも、前頭部-頭頂部のγ(ガンマ)帯域(30Hz以上の周波数帯域)の脳波のパワー値やコヒーレンスの増大を認め、「フォーカス・アテンション瞑想」と同様に注意コントロールや認知的な要素を多分に含んでいることが知られています。

 しかし、呼吸等の特定のターゲットに注意を向けるのではなく、「思いやり」や「無条件の愛」、「慈悲」の気持ちを意図的、内的に生成するといった異なる精神活動が重要となるため、ここでは異なる瞑想法として扱うことにします。

 「フォーカス・アテンション瞑想」(クリック >>)や「オープン・モニタリング瞑想」(クリック>>)、さらに「自己超越瞑想」(クリック>>)では、トレーニングのターゲットとして「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」(クリック>>)が大切であることをお伝えしてきました。 「慈悲と慈愛の瞑想」では利己的な反応とは区別される 無私、利他的反応を求めるため、「自己関連付け」を処理する デフォルト・モード・ネットワーク(DMN) の活動が低下することが報告されています 2)

 さらにこの瞑想に特徴的な脳内ネットワークの関与も明らかにされ、他者の感情、苦痛を共感する際に重要となる脳領域(右の島前部、前部帯状回)が活性化することが報告されています 3)。また、ポジティブな感情処理に関与することがわかっている左の前頭葉の活動も多くの研究で観察されています。

 脳の機能(働き)の中には、側性化(laterality)という性質を持つ機能がいくつか発見されています。 言語や利き手関わるシステムにも優位半球が存在することはよく知られています。さらに、情動、感情に関連した脳機能にも左右差が存在します。
 Davidsonらの研究によって、幸福感や喜びなど肯定的、ポジティブな感情には左の前頭前野の機能が重要であり、この左右差が逆転し、右側の前頭前野の機能が左の同領域よりも亢進すると、不安や抑うつなどネガティブな感情を導くことが知られています 4)。後程、この瞑想のニューロメディテーション(NeuroMediation)について説明しますが、F3,F4の電極部位を使用するのもこの知見に基づいた考えかたです。
 細胞生物学を修めた後、ヒマラヤで仏教修行の道に入ったRicard博士のお話しを聞いてみましょう。このビデオをご覧になっていただくことで、慈悲と慈愛の瞑想について、その意義と脳の活動との理解につながるでしょう。

マチウ・リカール:幸せの習慣

 Ricard博士の活動や関連する研究について、さらに情報が欲しい方は、彼のホームページをご覧ください(クリック>> マチウ・リカールHP

 肯定的感情を伴う母性愛の生成に関連した脳内ネットワーク領域のトレーニングが、この瞑想法の大切なポイントとなります。これまでの研究から、この瞑想は、うつ状態や不安の改善、怒りの自己制御(self-regulation)の向上に有益であることが報告されています。例えば、重いうつ状態のときには慈悲と慈愛の瞑想を行うエネルギーはないときもあるでしょう。このときは、まずフォーカス・アテンション瞑想を行い呼吸などに意識・注意をむけるトレーニングから入り、うつ状態の改善を確認できた段階で慈悲と慈愛の瞑想を組み合わせることが有効となるでしょう。

 ニューロメディテーション(NueroMeditation)で 慈悲と慈愛の瞑想をトレーニングする際には、ニューロフィードバックで開発されてきたプロトコル(alpha asymmetry protocol)等を活用します。F3やF4などの前頭部の頭皮に存在する脳波電極位置で、アルファ帯域(8-12Hz)、ベータ1帯域(13-20Hz)の周波数の情報についてフィードバックします。さらに、LORETA法と呼ばれる脳の特定部位にアプローチするニューロフィードバック法を活用する場合には、ガンマ帯域(30-40Hz)の周波数情報をトレーニングに活用することもあります。

【文献】

  1. Jeff Tarrant. Meditation Interventions to Rewired the Brain: Integrating Neuroscience Strategies for ADHD, Anxiety, Depression & PTSD. Wisconsin:PESI Publishing&Media.2017
  2. Brewer JA et al. Meditation experience is associated with differences in default mode network activity and connectivity, Proc Natl Acad Sci USA 13;108(50):20254-9. doi: 10.1073/pnas.1112029108. 2011
  3. Lutz A et al. Regulation of the neural circuitry of emotion by compassion meditation: effects of meditative expertise, PLoS One 26;3(3) :e1897. 2008, doi: 10.1371/journal.pone.0001897.
  4. Davidson R & Irwin W. The functional neuroanatomy of emotion and affective style, Trends Cogn Sci 3(1):11-21.1999
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